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消えゆく whom への挽歌 (エコノミスト誌 "For whom, the bell tolls") [文法・語法]

英誌 The Economist のバックナンバーを眺めていたら、言葉について書いている "Johnson" というコラム欄が whom を取り上げていたので、読んでみた。

"For whom, the bell tolls" という題で、ヘミングウェイおよびジョン・ダンの「誰がために鐘は鳴る」をもじっている(カンマを入れているが)。否応なく目を引く、うまいタイトルだ。

サブタイトルもうまい。"In the court of common usage, an old pronoun is losing its case" というもので、case を「(文法の)格」と「裁判、訴訟」の双方にかけている(なおWeb版はこちらをメインタイトルにしている)。コラムの最後の部分も、

- The case, as it were, is getting stronger against whom. Except in the most formal language—think courtrooms and prayers—this little word may not survive. For whom, the bell tolls.
(The Economist, March 3 2018)

と締めている。ということで、タイトルは who の目的格ではなく「whom という単語」を指しているということになるのだろう。

先を急いだ形になったが、この部分からもわかるように、今回のコラムは現代英語で whom が使われなくなりつつあることについて書いたものだ。

といっても、私が英語を学び始めた数十年前には、すでに「whom は書き言葉で、目的格でも who が普通」と言われていたので、これ自体は特段目新しくはなかったが、読んでいておもしろいと思ったのは、ネイティブスピーカーにとっても「格」は結構めんどうなケースがあるらしいことだった。

記事から引用すると、

- It is not always obvious whether the relevant word is a subject or an object, as in sentences such as, “He’s the candidate who(m) we think will win”. (It should be who.)
(ibid.)

つまり、この例のように文法的には who が正しいのに(the candidate who will win である)、whom になると勘違いしてしまう人がいるのだ(想像だが、挿入する we think に引きずられて目的格を持ってきたくなるのだろう)。これはややこしい、めんどくさい、と who にしてしまえという動きにますます拍車がかかるのも無理はない。

このように、正しさを意識するあまりかえって間違った形にしてしまうことを過剰訂正 hypercorrection といい、ずいぶん前に取り上げたことがあるが(→こちら)、これもその例といえそうだな、と思って whom とかけあわせて検索してみたらその通り、この間違いに気をつけるようにと促す文章がいくつもヒットした。

そのひとつは Daily Writing Tips というサイトにあった "10 Types of Hypercorrection" だが、この who-whom とともに他の「落とし穴」も紹介していて、非ネイティブの英語学習者にも参考になりそうだ。その中には今回の「エコノミスト」誌の記事にも出てきた "between you and me" もあげられていた(*between you and I が正しいと思っている人が結構いるらしい)。

そういえば余談だが、その昔アメリカを初めて訪れた時、日常会話で主語を Me and Tom のように言っている人がいるので驚いたことがある。日本の授業で Tom and I と習っていた私には、本家のネイティブが破格の言葉を使っているのに触れて「生きた言葉とはこういうものか」と妙な感心をしたものだ。

さて最初に書いたように、今回の記事が目にとまったのはタイトルのおかげもあるが、実はもうひとつ、少し前に何度か取り上げた高橋留美子の名作マンガ「めぞん一刻」の英語版で whom を目にして、ちょっと意外に感じたことがあるのを思い出したからだ。

単行本第3巻に出てくる場面で、「五代くん」という主人公の貧乏学生が、ひょんなことからテニスクラブでコーチをしている「三鷹さん」と対戦するハメになる。

- メンバーの主婦:(クラブの様子を眺めている主人公に)あんたもテニスくらいすればいいのに。
五代くん:いいんですか?そーですかー、じゃ遠慮なく。(クラブのテニスコートに入る)
(中略)
三鷹さん:しかたない、いっちょもんでやろうか。
五代くん:えっ?三鷹さんとやるの?
三鷹さん:誰とやれると思ったの?

英語版では、ここが次のようになっていた。

- 主婦:Hey, why don't you play some tennis, too?
五代:Could I? Geez, that would be great!
三鷹:Oh, very well. Guess I can give you a few pointers.
五代:Huh? I'm going to play against you?!
三鷹:Whom did you expect to play with?

このマンガの舞台は連載当時の1980年代前半で、英語版がアメリカで出たのは2000年代の初めである。年代・状況・登場人物のどれを取っても、また英語版に翻訳者としてネイティブと思われる複数の名前が載っていることからも、whom としているのがそぐわない気がして、思わずページに付せんをつけてしまったほどだ。そんなこともあったので、今回の記事に反応してしまったしだいである。

「書き言葉を除けばほとんど使われない」と私が習ってから数十年、実は細々と、しかし意外としぶとく生き残っている感じもする whom なのであった。

ところで「エコノミスト」誌のコラムは、冒頭に書いたように "Johnson" というちょっと変わったタイトルがついている。これは18世紀に初めての本格的な英語辞典を編集した「ドクター・ジョンソン」こと Samuel Johnson 博士にちなんだものだ。

言葉(英語)についてのコラムといえば、故ウィリアム・サファイアがニューヨーク・タイムズ紙に書いていた "On Language" があり、このブログを始めて間もない頃に取り上げたこともあるが(→ こちら)、何年か前に連載が終わってしまった。その後、エコノミスト誌がこの "Johnson" を始めたので時おり読んでいる。

こうした記事は、言葉そのものはもちろん、英米の文化や流行、世相を知らないとチンプンカンプンなことがあるが、一方で、私のような非ネイティブスピーカーにも興味を持てる場合があり、今後もお世話になりそうである。


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タグ:日本文化
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Reo

初めまして。英語について調べ物をしていたらこちらのブログにたどり着いた者です。著者さんの着眼点や知識がとても面白く、色んな記事を読んでいたら数分前にこの記事が更新されている事に気付き、目を通してみるとFor whomに関する話を扱われていて、大学時代に以下の記事のFor whomの使われ方を言葉遊びとして講義で習った事が強く記憶に残っているものですから、何だか嬉しくてコメントさせて頂きました。
面白いブログを運営して頂いてありがとうございます。

https://www.japantimes.co.jp/community/2013/09/23/issues/the-pta-a-survival-guide-for-foreign-parents/
by Reo (2018-04-26 22:32) 

tempus fugit

Reoさん、アップしたばかりの記事にコメントをいただいたのは初めてのことで驚いております。記事の紹介ありがとうございます(写真のキャプションですね)。仕事多忙であまり頻繁に更新できませんが、今後もお気づきの点がありましたら教えて下さいませ。

by tempus fugit (2018-04-26 22:55) 

Kawada

whom自体は消えつつあるのは分かりますが、好んで使うネイティブスピーカーもいるようです。特に教養高い、知的な方はよく使うということを聞いたことが分かります。
by Kawada (2018-04-30 16:52) 

tempus fugit

「教養」「知的」といえば、以前のエントリにも書いたように、私はその昔、國弘正雄先生によるインタビューを熱心に聞いていましたが、先生の英語はやや古風な感もある格調高いもので、当然(?)whomを使っておられました。

もちろん私は教養や格調とは無縁なので、受験英語で教わったという単純な理由でwhomを使いがちなのですが、以前、仕事で英語を書いてネイティブにチェックしてもらったらwhomがwhoに直されていました。そのネイティブは結構年輩の方でしたが、そういう人にとっても会社の業務レベルなら書き言葉でもwhoが普通になっているらしい、と実感したのを覚えています。
by tempus fugit (2018-04-30 20:31) 

英語学習者

以前お邪魔させていただいた者です。今回、TED視聴→natural womanの歌詞確認→Lady Satisさんブログ→カズオイシグロ訳の記事のコメ→tempus fugitさんコメ発見、という経緯で再訪させていただきました。イシグロへのコメからは皆さんの知識、調査力、熱意に圧倒されました。
whomですが、最近TIME誌の記事の中にIt didn't matter with who or at what age.という話し言葉があったことを思い出しました。前置詞の目的語としても口語ではwhoが使えるという時代に、このマンガのような文脈での文頭のWhomは、何かの効果(苛立ちを示唆など)を意図してのものとしてしか思えませんがどうなんでしょうか。
by 英語学習者 (2018-05-20 09:37) 

tempus fugit

英語学習者さん、私は考えもしなかった視点からのご指摘で、本当にありがとうございました。

英語圏では人をフルネームで呼ぶ場合、状況によっては苛立ちや叱責を表す場合がありますよね。whom の使用もそれにちょっと似ているのかな、とも思いました。

いずれにせよ、whom が使われた例をもっと調べてみようと思います。興味深いご指摘に重ねて感謝いたします。

by tempus fugit (2018-05-20 11:22) 

英語学習者

私も昔、英米では子どもを叱る時にあえて姓と名を言う、という話を聞いており、このwhomでそれを思い出したのです。まさに↑のtempus fugitさんのような発想でした。たしか言語学にmarked/unmarkedという概念があったと思いますが、whoが普通(無標unmarked)になったらwhomがmarkedになったということだからそこに特別な意味が発生しているのではないか、と思った次第です。このところ私はnativeと接する機会がないので確かめられませんが、またこのことへの興味が継続して何か分かったらご教示ください。
by 英語学習者 (2018-05-20 21:25) 

tempus fugit

コメントありがとうございました。英語学習者さんは言語学にお詳しいご様子、何かわかりましたら私の方こそご教示いただければうれしいです。よろしくお願いいたします。
by tempus fugit (2018-05-21 10:03) 

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