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70年前に「勇気をもらう」は使われていたか? (連続テレビ小説「ごちそうさん」) [日本語]

この週末、朝ドラ「ごちそうさん」の録画を観ている家族のかたわらでのんびりしていたら、テレビから「勇気をもらった」というセリフが聞こえてきて、思わず「え?」と声をあげてしまった。

連続テレビ小説は私にとって「時計がわり」の意味しかないが、「ごちそうさん」がいま太平洋戦争中の出来事を描いていることくらいは何となく知っている。

くだんのセリフは、何かの料理から勇気をもらった、というようなものだったが、はたして今から70年前に、「勇気をもらう」という言葉は使われていたのだろうか。

ちゃんとドラマを観ていたわけでもないのにセリフに反応できたのは、この「勇気をもらう」あるいは「元気をもらう」といった言葉が、個人的にどうも好きになれないことがあげられる。

はじめは違和感を持っていた「いまいち」や「マジ」は、いつのまにか自分でも意識せずに口に出るようになってしまったが、それよりずっと後に出てきた(はずの)「~をもらう」(またこれに加えて、やはりスポーツに由来するらしい「感動をありがとう」)は、今もってとうてい使う気にはなれない言葉だ。

まあ、それはトシを取って頑固になってきたことのあらわれだろう、と頭では理解し納得したつもりになる。若い人から見ればいったい何が気にくわないのかということになるだろうが、仕方がない。

しかしそうであっても、戦争中にこんな言葉が使われていたのだろうか、ということは、どうしても気になる。そんなに古いはずはない、というより、むしろ比較的新しい言い回しで、ましてや70年前に人々が口にしていたとは思えないのだが。

もちろん、今より前の時代を描いたドラマで出てくる言葉が、当時実際に使われていた日本語と同じということはありえない。それを言ったら時代劇や歴史ドラマは成立しないだろう。言葉の面ではこうしたドラマは大いなる錯覚のうえに成り立っているということになる。

現代よりほんのすこしだけ古い時代を舞台にした朝ドラは、そうした歴史ものとは違うとはいえ、やはり多少は「時代考証」に気を配ってほしいところだ。いや、「考証」というほど大げさなものでなくても、現代の流行り言葉は排し、保守的な言葉遣いを採用したほうが、時代差を意識させなくてすむので違和感がないように思える。

しかし、朝の連続テレビ小説の脚本家や制作者がそんな考えや疑問を持たないほど、この言い回しは定着したものになったと考えたほうがいいのかもしれない。

私にとっては何とも気になるセリフであったが、自分より下の世代の間で日本語の受容が変わりつつあるプロセスを、まさに目の当たりにしたのだろうかと思ったりもした。

もちろん、実は70年前にも「勇気をもらう」という言い方がちゃんと広く使われていて、知らぬは我が身ばかりなり、であるのならば、考えを改めなくてはならないので、ご存知の方は教えていただければ幸いである。

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