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英文混じりの翻訳から英語を学ぶ (アシモフ「黒後家蜘蛛の会」) [読書と英語]

誤訳に学ぶ英語学習について前回書いたが、今回は、原文をそのまま引用している翻訳の活用を取り上げる。自然な日本語にするのは無理と翻訳者が正直に白旗をあげているわけだが、学習に役に立つことがある。

例として、アイザック・アシモフの連作ミステリ短編集「黒後家蜘蛛の会」の一作を見てみよう。


黒後家蜘蛛の会 2 (創元推理文庫 167-2)

黒後家蜘蛛の会 2 (創元推理文庫 167-2)

  • 作者: アイザック・アシモフ
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 1978/07/14
  • メディア: 文庫

「黒後家蜘蛛の会」 The Black Widowers とは、職業の異なる仲間がつくった月1回の夕食会の名称で、毎回メンバーたちが四方山話をして交流を深めるのだが、なぜかいつも何らかの「謎」を含んだ話題が出てきて、一同で謎解きを試みる、という展開になる。

一種の安楽椅子探偵 armchair detective もので、難事件が出てくる本格ミステリではないが、ちょっとクセのあるメンバーたちが、ああでもないこうでもないと議論する様子が、何ともいえない味わいを醸し出している。

その邦訳第2巻に、「終局的犯罪」(原題 The Ultimate Crime)という作品がある。これは、私の好きなシャーロック・ホームズをテーマにしている。

ホームズ物語には、モリアーティ教授 Professor Moriarty という悪役が出てくる。「小惑星の力学」など難解な論文を書いた天才的な学者だが、実は「犯罪界の帝王」というウラの顔を持つ、という設定だ。その論文 The Dynamics of an Asteroid とは、いったいどんな内容なのかを推理する、というのがこの短編である。

唯一の手がかりである論文のタイトルが焦点になるのは当然の成り行きだが、英語学習者としておもしろいのは、メンバーの会話が「~というもの」を表す「総称の用法」、および冠詞について学ぶ材料にもなっていることだ。さすがに翻訳者も原文を併記せざるを得なかったのは無理もない。

以下、「ブラック・ウィドワーズ」のメンバーたちのやりとりを抜き出して引用する(ちょっとネタバレ気味である)。ちなみに太陽系の小惑星は、かつて火星と木星の間にあった惑星が爆発した破片であるとされていた。現在では否定されているらしい。

- その論文の題が "The Dynamics of an Asteroid" となっておりますのは何故でございましょう? 何故、"一小惑星(an Asteroid)" なのでございましょう?

- ただ、小惑星一つについて書いたというだけのことじゃあないのか?

- 特定の小惑星一つを取り上げたという意味じゃあなくてさ、不特定の一つについて論じたんじゃないかって言ってるんだ。あるいは典型的なやつとか。

- もし、モリアーティが一小惑星の力学を論じたとするとだよ、基本的な数学は、すべての小惑星に通用するはずのものだから、論文の題は、"The Dynamics of Asteroids" と複数の表現になるはずだよ。

- モリアーティ教授のいわゆる"一小惑星"とは、爆発する以前のその惑星を指しているのではございませんでしょうか?

- しかし、だったらどうして、小惑星に定冠詞を付けなかったのだろう?

- おそらく、モリアーティ教授は、定冠詞をつけて "The Dynamics of the Asteroid" としては、あまりにも断定的になると考えたのでございましょう。爆発説は一小惑星として論じる以上により確実なものではないと考えていたのではございますまいか。(中略)こと数学に関します限り、モリアーティ教授はこの上もなく厳格、潔癖であったに相違ございません。

こんな具合である。原文を読んでみたいが、残念ながら本国アメリカでは原作は絶版のようだ。

こうなると、冠詞や総称用法について改めて確かめないと気分が悪くなる。ということで、参考までに後者について、「ロイヤル英文法」にある記述を引用しておこう。

- 種類全体を表す用法(総称用法)
次の3つの形を取る。
1(無冠詞複数形):Whales are mammals.
2(a [an]+単数形):A whale is a mammal.
3(the+単数形):The whale is a mammal. (鯨は哺乳動物である)
*1が最もふつうで、3は2より形式ばった学問的記述などに用いられる。

中途半端に原文の英語や原語のカタカナ表記を出している翻訳は、訳者の力不足を示しているのではないかと意地悪な気持ちになるが、今回のような例は、むしろ原文をしっかりあげてくれた方が、多少なりとも英語を理解できる者にはありがたい。しかしそうでない人には、作品に親しむという点ではマイナスだろう。難しいものである。

なお、ホームズ物語では、原文に詳しい注をつけた全集があるということを以前書いたが、この"The Dynamics of the Asteroid" が出てくる部分(「恐怖の谷」 The Valley of Fear という作品の一部)を見てみたら、このアシモフの短編について言及した注釈があった。

さて、ついでなので、英語の原文を示している翻訳の例をもうひとつホームズ物語からあげてみよう。

ネタバレになるので詳しくは書かないが、不可解な内容の手紙文を2語おきに読んで文にすると意味が浮き上がる、という一種の暗号ものの作品がある。私はホームズもののファンなので翻訳も複数読んでいるが、ほとんどが訳文にそえて英語の原文も載せていて、読者が実際に単語を一定数飛ばして読んで確かめられるようにしている。

ところが、日本語でも同じように一定の語数ごとに言葉をつなげると意味をなすように工夫した翻訳が、私が読んだ範囲ではひとつだけある。最初に読んだ時は、これはうまいと膝をたたいた。

ただ、日本語でも暗号になるような文にするために、原文とは多少意味がずれた手紙文となっている。これはいたし方ないというべきか。英語をまったく理解しない読者も読めるようにするか、それとも原文に込められた暗号の妙を味わってもらうのか。このへんは判断が分かれるものかもしれない。

ついでだが、翻訳を読んでいると、英語の言葉遊びやことわざを、日本にしかない事物で置き換えた翻訳も目にすることがある。訳者が知恵を絞った結果なのだろうが、やはり奇異に感じてしまう。例えば、日本と縁のない登場人物に「日光を見ずして結構と言うなかれ」と言わせるのは行き過ぎというべきではないだろうか。

余談が過ぎたが、「黒後家蜘蛛の会」は全6巻あり(邦訳は5巻目がずいぶん前に出たあと途絶えた)、アシモフの死をもって終わった。この作家の代表作とはいえないし、ミステリの大作でもない。シリーズ後期の作品はちょっと息切れ気味である。

しかし先に書いたように、独特の味わいと雰囲気があるのも確かだ。時おり、「ブラック・ウィドワーズ」のメンバーと再会したくなり、本棚から引っ張り出してページを繰ることがある。今回も久しぶりに文庫本を手に取ったが、内容はほとんど忘れてしまっているので、まとめて読み返してみようと思う。

参考記事:
「祝福」ではない blessing
marginal note 「欄外の注」 (「詳註版シャーロック・ホームズ全集」)
速読と精読をつなぐ、中間的なリーディング学習法
続・「クジラの構文」の実例~007の原作より


ロイヤル英文法―徹底例解

ロイヤル英文法―徹底例解

  • 作者: 綿貫 陽
  • 出版社/メーカー: 旺文社
  • 発売日: 2000/11/11
  • メディア: 単行本


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コメント 1

aki

大変参考になりました。
by aki (2013-10-20 10:06) 

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