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「推理小説の誤訳」 [辞書・学習参考書]

推理小説の誤訳 (日経ビジネス人文庫 グリーン こ 7-1)

推理小説の誤訳 (日経ビジネス人文庫 グリーン こ 7-1)

  • 作者: 古賀 正義
  • 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
  • 発売日: 2008/02/01
  • メディア: 文庫

手厳しい本である。アガサ・クリスティーのさまざまな翻訳に見られる誤訳を、翻訳者の実名をあげて具体的に論じたものだ。歯に衣着せぬ指摘は、著者が弁護士であり、つまりは翻訳業界と無関係であることにもよるのだろうか、と思った。

私も読んだことがある翻訳や名の通った翻訳者が次々と登場するが、かなり初歩的なミスもあり、ちょっと驚く。また、いわゆる「実用英語」のテキストにはよく出てきそうな口語表現につまずいた翻訳者もいる。

一方、著者のような法律の知識がないと難しいだろうなと思わされる専門的な指摘もあり、私には誤訳とはわからなかった。そのレベルにある一読者として正直に言えば、こうした訳文を読んでも大きく混乱することはほとんどないだろう。しかしプロの翻訳者はそうした態度を取るわけにはいかない(と思っていると信じたい)。

著者は、訳文の日本語についてもいろいろ注文をつけている。多くは「なるほど」と肯かされるが、中にはそれほどおかしくはないのでは、と思った物言いもあった。著者自身の「試訳」にも一部、今の日本語としてはちょっとどうかという気がしたものがある。1927年生まれの著者との世代差によるものといえようか。

いずれにせよ、自分の英語・日本語力を棚に上げて気楽にものを言う私のような読者がいるから、翻訳はつらい仕事であろうと想像する。

さて、ひと通り目を通して特に印象に残った指摘は、earn を単に「かせぐ」「儲ける」ととらえていては駄目だ、ということである。この単語は”ひたいに汗してかせぐ”、”労働の対価に相当する金を受けとる”という意味で理解しなくてはいけないのだそうだ。

ちなみに私の使っている電子辞書や紙の辞書は(前回紹介した「アンカーコズミカ」も含めて)「(働いて)<金など>を稼ぐ」やそれに似た訳語ばかりで、今回の説明からするとどれも今ひとつという感じだ。

手持ちの辞書でもっとも説明がていねいだったのは、すでに絶版になった1958年発行の「岩波英和辞典」で、

働いて得る、労力などに対する報酬を得る.~ wages 働いて賃金を得る.~ one's living 働いて生計を立てる

とあり、用例も含めて、単純な「かせぐ、儲ける」ではなく、労働の対価であるということを示した訳語となっていた。

この本は文庫としてはちょっと厚めだが、英語学習書として読みごたえがあるし、アルファベット順に単語・表現を載せて解説しているので、読む辞書としても役に立ちそうである。

タグ:翻訳・誤訳
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コメント 4

たんご屋

むかし別宮さんの欠陥翻訳シリーズがおもしろくてずいぶん読みましたが、自分で翻訳をやるようになってからは身につまされるので読まなくなりました。でもこの本はおもしろそうなので図書館で借りてみようかと思います。
earn は、どうなんですかね。「稼ぐ」という日本語も本来は「働いて金を得る」という意味だと思いますけれどね。
by たんご屋 (2008-09-03 15:48) 

子守男

別宮氏の本は私も結構読みましたが、その別宮氏の翻訳にも誤訳があるとどこかで読んだことがあり、結局、語訳のない翻訳などありえないということなのでしょうね。

earn については、「金を得る」方にばかり目が行っていて、「働いて」に力点があることが理解されていない、というのが著者の主張でした。
by 子守男 (2008-09-04 01:14) 

うちの猫はWhy not?と言った

さっそく読みました!奇しくもワタシの恋人が20年前に初版を読んでおり、「I like cheeks(間違っていたらゴメンナサイ)=わしはほっぺたが好き」が忘れられないと言っていました。
おっしゃるように法律の知識が必要な部分もありましたが、あまりにもひどい誤訳が多く、読んでいるうちに軽い憤り(お金をもらってやる仕事なのに!!)と自信(わたしゃいい仕事するよ)の混じった複雑な気持ちになりました。勿論、既に翻訳されているものを批評するのは、ゼロから翻訳することよりもずっと簡単だとは言え、んー、下訳にきちんと目を通さなかったのですかね。翻訳チェックの重要性を再認識し、居ずまいを正す思いです。
by うちの猫はWhy not?と言った (2008-10-02 11:06) 

子守男

うちの猫はWhy not?と言った さん、コメントありがとうございました。私もこの本を読んでいて、「これでよくカネをもらっているな」と思った例もしばしばありました。

しかし根が優しい人間(のつもり)なので、一方でうまく訳されている場所もあるはずだし、何より私が何かの翻訳をやったら、やはりとんでもない誤訳をどこかでやらかすはずですので、本編エントリは意識して柔らかめに書いてみました。
by 子守男 (2008-10-03 22:07) 

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