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「岩波英和辞典」の思い出 [辞書・学習参考書]

先日「オックスフォード英和辞典」(OED)についてのノンフィクション The Professor and the Madman を紹介したが、関連で、OEDを参考に編纂された「岩波英和辞典」の思い出を書くことにしたい。英語学習の初期にお世話になった後に捨ててしまったのだが、後になって何ともったいないことをしたのかと悔やんだ辞書だ。いまは絶版で手に入らない。

この辞書は、私が子供のころ自宅にあった唯一の英語の辞典で、学校を出た後はまったく英語と縁がない生活を送っていた父親のものだった。

私は、小学校を卒業する時に生徒全員に配られた某社の中学生向け英和辞典を使って英語の学習を始めた。入学したのはごく普通の公立の中学校で、初めて英語を学び始めた身にとっては、その辞書でも十分だったはずだ。

ところが使っているうちに、生意気にも、発音記号にカタカナが併記されているのがどうも本物らしくないと思うようになった。今はどうか知らないが、当時は教科書でも発音記号をしっかり教えていたこともあってか、「カタカナ表記とは子どもだまし」と考えたわけである。

そこで目にとまったのが、家にあった「岩波英和辞典」だった。旧い漢字が多用された、いかにも昔風の辞書だったが、私は小学生の時に旧字旧かなの本(「少年倶楽部」の諸作の復刻版)に興味を持って読んでいたくらいなので苦にならず、かえって「ちゃんとした辞書」と感じ、中学時代を通じて使った。また、引くのは基本的な単語ばかりだったので、問題を感じなかったのだろう。

勝手が違ってきたのは、高校生になってからである。確か sophisticated だったと思うが、ほとんど使われなくなった古い意味しか載っておらず、文脈にそぐわないので首をひねった記憶がある。また意味が載っていても、初めの方ではなく、あとの方まで読まないとぴったりとした訳語が見つからないので、使うのがおっくうだと感じることが多くなった。

しばらくして知ったのは、この辞書は、ある言葉の素となる定義をまず示したうえで、意味がどのように広がっていったかがわかるように並べているのが特徴だということだった。英和辞典は、よく使われる(と編纂者が判断した)語義から順番に並べていくのが一般的だが、「岩波英和」は語義を歴史順に並べていたわけで、これは OED にならったものであることも知った。

道理で、単語によっては最後まで行かないとお目当ての意味が出てこないわけである。その頃には、研究社の「英和中辞典」やホーンビーの学習英英辞典など、他の辞書も使うようになっていた。また、何かで「辞書は新しいほどいい。古い辞書を後生大事に使い続けるのは愚かしいことだ」と読んだことも影響して、ある日、「岩波英和」をくずかごに放り込んだ。

この英和辞典の利点を理解したのは、ずっとあとのこと、社会人になってからだった。ある単語の定義を最初から最後まで読む、あるいは、意味がどのように移り変わっていったかを知ると、その単語のイメージをより掴めることができることに気づいて、辞書を「読む」ことが増えていた。

「岩波英和」を使っていたときは、定義を最後まで見なければ訳語を見つけられなかった。しかし今は逆に、「岩波」だったら多分最初の方に書かれていたことを知るために定義を最後まで読んでいることに気づいて苦笑することもあった。

この辞書は絶版になって久しいが、岩波書店のサイト http://www.iwanami.co.jp/ で検索すると、今も次のような記載がある。ここまで書いている自信作を絶版にしたままというのは、何とももったいないことだと思う。なお文中の NED とは OED の旧名である。

‘NEDをポケットに’をモットーに《オックスフォード英語辞典》を克明に読み解き,その精髄を学問的正確さをそこなうことなく学習者のために平明に簡約しきった画期的な名著.約2,900語の基本語については,その本質的な語義がまず太字で示され,個々の語義はその変遷と展開の跡をたどって配列されており,語の根本的意味がどこにあり,語がどのように生きて働くかが,ひと目で会得できる.1936年の初版以来,学習英語辞典の極致として高く評価され,愛用されつづけてきた辞典の現代版.収録語彙約6万.

同じような編集方針を取り、最近の語義を加えた辞典を、どこかの出版社が作ってくれないものだろうか(現役の「岩波新英和辞典」は、まったく別物の辞書である)。一部の人にしか興味を持たないだろうから到底採算は望めず、難しいだろうが。

「岩波英和辞典」は、編者として3人が名を連ねているが、中心は田中菊雄氏だったという。「研究社英和中辞典」などを編纂した岩崎民平氏と並んで、田中菊雄氏も、この「岩波英和」で、日本の英語辞書の歴史に名を残した人だということを、社会人になってから知った。

そうした英語辞書界の巨星たちの辞書を使って学習していたことに、当時の私は気がつかなかった。「岩波英和」とは早すぎた出会いであったわけで、当時の自分の力では使いこなせなかったのが残念だ。しかしあの時「岩波英和」にこだわらなかったことで、かえって自分なりに英語学習を進めることができたのかもしれない、と思って自分を慰めている。

追記:
その後、古書で「岩波英和辞典」を手に入れることができた。厳密に言えば、かつて自宅にあった版より後に出た、1958年発行の「新版」(上記岩波書店のサイトで紹介されているもの)とわかったが、編集方針は同じである。

三十数年ぶりに再会してみると、上記に書いた特徴のほかに、シェイクスピアや聖書などからの引用も多いこともわかり、時おりページをめくって拾い読みをするのが愉しい。その一方で、本文で書いた通り、sophisticated には今ではまず使わない否定的な意味しか載っていないなど、今の時代に実用的な目的で使うのには向かないこともまた確かだと思った。

英語学習に教養的な色あいが濃かった時代に生み出され、その後、役割を果たして静かに退場していった逸品である。

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通りすがり

通りすがりのものです。子供のとき、私の父が英語の辞書を買ってくれました。学校指定の学習向けのものではなく普通の大人向けのもので、かなり収録語数が多かったため、大人になり原書で小説を読む年齢になっても使い続けていました。あるとき、アンダーライン引きまくりのその辞書を捨てしまいました。まさに「古い辞書=悪」、辞書は新しいほどいいといった聞きかじりと断舎利ブームが理由でした。
しかし、最近、あの辞書は発行元はどこだったのか、、亡父が選んで買ってくれたものをなぜ捨ててしまったかと後悔しています。「岩波英和辞典」というのは、どういう装丁でしょうか。自分が探しているのは1980年代初期に発行されていた白い表紙に赤茶色っぽい文字でタイトルが書かれたものだったのですが。。

by 通りすがり (2014-06-12 22:27) 

tempus fugit

コメントありがとうございました。白表紙に赤茶っぽい文字・・・なんという辞書でしょうね。興味があります。
私が手に入れた「岩波英和辞典」の写真を本文に添えました。ごらんのように、お探しなのはこの辞書ではなさそうですね。

by tempus fugit (2014-06-14 18:35) 

まーさん

はじめまして。通りすがりのものです。私は、1978年版を高校時に購入して現在も使っています。(といっても英語関係者ではないですが) 確かに時代の変化に伴う新語はありませんから、実用的でない面もありますが、原義からの展開がわかる点はたいへんおもしろく感じています。たとえば、cameraは、ふつうならカメラですが、この辞書ではまず室となっていますね。そして、chamberと同族語であり、暗箱という訳語のあとには~obscuraとまで表記してあります。会話中心の語学とはひと味もふた味も違う味わいがあって、愛用の一冊です。ちなみに、クラシック派なので、古びた高校生でしたwおじゃまいたしました。
by まーさん (2015-08-26 01:09) 

tempus fugit

まーさん さんのコメントを拝読して、最近手を取ることが減っていた「岩波英和」をまた引っ張り出したくなりました。

室内楽の演奏団体などに「カメラータ」という言葉が使われますね。私はこの言葉に初めて接したときに違和感なく「部屋のことだな」とピンと来たのですが、もしかしたら中学生の時に「岩波英和」でcameraの記述を読んでいて、それが潜在意識にあったのかもしれません。

ちなみに、こんなエントリもかつてこのブログに書いていました。

「カメラ」ではない camera 
http://eigo-kobako.blog.so-net.ne.jp/2007-07-31

by tempus fugit (2015-08-26 22:32) 

寒閑館

岩波英和辞典新版は軽いので出かけるときに鞄に入れることがあります。もっとも私はこの本を買ったことがなく、家人のものを借りています。あまり開くことはないのですが、 win over で、味方につける、とあり、ぴったりで役に立ちました。unless のところに、a beautiful horse, jet black, ~ where he was flecked by spots of foam と例文があり、ほれぼれしました。
by 寒閑館 (2016-04-12 10:35) 

tempus fugit

寒閑館さん、この辞書をじっくりとお読みになっているのですね。私もwin overやunlessを引いてみて、なるほどと思いました。ありがとうございました。
by tempus fugit (2016-04-13 23:32) 

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