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「やっぱり単語力だ」 (AERA English特集) [英語学習]

AERA English (アエラ・イングリッシュ) 2008年 01月号 [雑誌]

AERA English (アエラ・イングリッシュ) 2008年 01月号 [雑誌]

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞社出版局
  • 発売日: 2007/11/22
  • メディア: 雑誌

やはり、語彙は努力して量と質を高めなくてはならないと思う。「わかるものをたくさん読んでいれば自然に単語力がつく」のかもしれないが、時間は有限であることを意識せざるを得ないサラリーマンの私としては、自然に任せていては、何かしらの満足感を得る前に人生が終わってしまいそうだ。雑誌 "AERA English" の最新号(2008年1月号)に触れ、あらためてそんなことを考えた。

私は定期的に読んでいる語学雑誌はないが、「アエラ・イングリッシュ」のこの号は「やっぱり単語力だ!」という特集のタイトルにひかれて立ち読みした。たまたま最初に開いたページが「人気の英語講師が語る単語とのつきあい方」というアンケートだった。一番手は、かの「ビジネス英語」講座の杉田敏氏である。

「やさしいビジネス英語」が開講されたのは確か1987年で、私も聞き始めたが、社会人になって数年目、仕事がどんどん忙しくなっていた頃で、数か月でギブアップした。さらに何か月かテキストだけ買い続けたがそれも立ち消えとなり、私が多少なりとも聞いた最後の語学講座となった。

この番組は、NHKの講座としては「テレビ英語会話中級」とその後継の「テレビ英語会話III」以来の難易度の高さだったといえると思うが、多くのファンを獲得して今も続いているのは、歯ごたえのある内容を求めている層がかなりいることを示しているのだろう。

個人的な思い出話になってしまったが、杉田氏はアンケートの回答者の中で最も迫力を感じさせたので、メモしてみた。

- 単語力をつけることは英語力のアップに絶対欠かせない。Basic English のように語彙を制限したのでは英語力はつかない。

- 自分のニーズにあった語彙を広げる努力を常に続ける必要がある。

- 中学校で習った英語だけで英語は話せるなどという本に惑わされてはダメ。知的な会話はできないし、英語を通しての知識の吸収もできない。いつも目線を上に。

自己表現については「手持ちの語彙の使いこなしが重要」ということも成り立つだろうと私は思うが(とはいえ、中学校レベルではさすがに無理だろう)、相手にあわせなくてはならない「読む・聞く」の面では、知っている語彙の量が多く、質も高いほど、余裕を持って対応できるはずだ。

一方で杉田氏は、覚えようとしても覚えられない単語は自分には必要のないものと考えて無理に覚えようとはしない、とも書いている。推理小説などの本をどんどん読むことも薦めている。このへん、氏が「意図的な語彙増強推進派」なのか、「自然体で覚えよ」派なのか、どちらにも受け取れるようで私はまごつくが、方法論はともかく、「常に上を目指し、語彙を広げる」ことの重要性を明言されていることに変わりはない。

自然体ということでいえば、「わかるもの、やさしいものをたくさん読む」こと自体は、英語を身につけるうえで、もちろん悪いことではないだろう。また読書の体験として、それで充実したひと時を持てるのだったら、他人が口を挟むことではない。

しかし、多少なりとも骨のある大人向けの英語を読めるようになりたい・聞いてわかるようになりたい、そして、英語を利用して「知の地平線」を広げたい、と思う人にとっては、こうした「わかる・楽しめる範囲の英文を読む」だけの自然体に頼っていては、いつまでたってもおっつかないのではないか。特に、時間を好きなだけ英語に使えるわけにはいかない人はそうであろう。

また、英語の達人やプロは、「単語や表現は、出会った文脈の中で覚えていくべきだ」として、単語集の類の利用を薦めない人が目立つようだ(杉田氏もそのようである)。が、あえていわせてもらえれば、英語を仕事にしているような方々の唱える理想的方法論が、英語を飯の種にしているわけではなく、常に英語に接することができるわけではないサラリーマンのような層に必ずしも向くとは限らないと思う。

「多読で覚える」「文脈で覚える」のは確かに理想的であり、必要でもあるだろう。だが、それですぐに単語を覚えてしまう才能のある人や、英語学習にいくらでも時間を割ける人を別とすれば、学習のある時期、まとまって語彙増強を図るのは、英語とのつきあいのうえで、むしろ能率的な資本投下になるのではないだろうか。

関連記事:
・語彙力なら達人やネイティブに勝てる
http://eigo-kobako.blog.so-net.ne.jp/2007-12-17

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コメント 4

nozomuz

以前コメントさせていただいたnozomuzです。
子守男さんの主張を拝見して私も全く同意見です。語彙の増強ってスポーツで言うところの筋トレと似ていると思います。ボディビルダーのような隆々とした筋肉は見た目はすごいですが、実際のスポーツの場面では邪魔になることもあるそうです。これはちょうど、難解で場違いな語彙を振り回すことに似ています。また、実戦で鍛えた筋肉はスレンダーで美しいけど、そうした筋肉をつけるには、かなりの実戦経験が必要となります。昨今のアスリートは種目にあわせた適切な筋トレを実戦と合わせて実施していることを考えると、ボキャビルも同じかなって気がします。
by nozomuz (2007-12-18 00:24) 

子守男

nozomuz さん、コメントありがとうございます。

>適切な筋トレを実戦と合わせて実施している

ボキャビル、そして学習全般にあてはまりそうですね。私も心したいと思います。
by 子守男 (2007-12-18 01:23) 

mori

こんにちは。

文脈で覚える:この方が単に覚え易いのではないかと思いました。私の場合はですが、単品で覚えようとするとどうも定着しないのです。 

それと例えば、”打つ”を辞書で引くと hit, beat, strike などありますが、それらの使われ方は皆違い、打つ = hit = beat = strike とはいかないわけす。してみると、hit a ballとか beat a drumとか、文脈ほどではないですが、ちょいと使い方も合わせて覚えるのがよいのでは、と思ってます。筋トレと実戦の中間でしょうか。でも、肺炎とか結核、などは単品で覚えるしかないかな?その方が効率が良いのかも? でも、cold developed into pneumonia とやると、何となく定着しやすいような気がします、私の場合ですが。
by mori (2017-05-31 10:48) 

tempus fugit

古い記事ですが目を留めていただきましてありがとうございます。

おっしゃる通り、私も文脈で覚えるのが(個人差はあるかもしれませんが)定着の度合いが高く、身にもつくはずだと思っています。

しかし同時に、文脈型以外の手法に目を向けるのもいいのではと考えています。その理由は本文に書いた通りです。英語ばかりに触れているわけではないサラリーマンとしては、手応えを感じる前に人生の方が先に終わってしまいそうです。

ただ、moriさんのおっしゃる「文脈」が、自然なインプットに限らず、コロケーションで単語表現を覚える、ということも含むのでしたら、そうした形の方が「単品」で覚えるよりも望ましいだろう、とは思います。

もうひとつ、単語・表現にはどんなきっかけで出会い、覚えるかわからない、という考えがあります。その昔、単語帳で単品で出会った単語があります。そしてほどなく、実際の英語で偶然その単語に再会して「あっ」と思い、強く印象づけられました。先に単品で接することなく、実例が初めてだったら、そこまですぐに記憶に残ることはなかったでしょう。ちなみにその単語とはdenigrateでした。

ということで、脳(記憶)の仕組みや偶然の出会いは、本当に謎で不思議なものです。そうしたことからも、間口は広く取っておきたいと考えるのです(かくいう私も、現在は市販の単語集を利用することはなくなりましたが・・・)

by tempus fugit (2017-05-31 22:43) 

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